2017年9月15日金曜日

面白本をつくる秘訣はそれを見つける秘訣でもある

 「ベストセラー」小説とそうでない小説との間にはどんな違いがあると思いますか? 本棚に並べれば同じ本だし、外見だけではわかりません。薄くてすぐに読める本だからといって「ベストセラー」とは言えませんね。上・中・下三巻本であっても「ベストセラー」本はたくさんあります。そういう本を書くつもりはとくになかったのですが、書店をぶらぶらして、そういう本に目が向いたということは、私も無意識のうちにそういう思いを持っているのかもしれません(笑)。
 ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著(西内啓・川添節子訳)『ベストセラー・コード―「売れる文章」を見極める驚異のアルゴリズム―』(日経BP社、2017年)が「そういう本」です。『ダ・ヴィンチ・コード』『ミレニアム』『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』といったベストセラーが売れる法則を、テキストマイニングの技術を駆使して解き明かした本なのですが、この説明では抽象的過ぎますね(「売れない」条件の一つ)。
「言語学者のジョン・ルバート・ファースは1957年に、ひとつの単語はまわりの単語を見ることで理解される、と述べた。言いかえれば、単語の意味は文脈のなかにあるということだ。(中略)コンピューターはすべての単語を文脈のなかで見ることを学ぶ。このように単語を大きな文脈で理解するようにつくられたアルゴリズムをトピック・モデルという。」(60~61ページ)
 「アルゴリズム」とはコンピューターの計算方法を指す言葉です。『ベストセラー・コード』の著者たちは実際にコンピュータに小説の本文を読み取らせて、その本文をもとに語彙分析を行いました。著者たちの計算方法(理解の仕方)は、「単語を大きな文脈で理解する」というものでした。
 このアルゴリズムを走らせると、二つの重要な情報が得られます。それは、
①私たちが集めた小説のなかにどのようなトピックが存在するか、そして、各トピックはどのような単語から構成されているか
②本ごとの各トピックの割合
ということです。この「トピック・モデル」を使って「ベストセラー」小説に共通する特長を浮き彫りにしようとしたのがこの本です。
「トピック・モデルのアルゴリズムが主なトピックを見つけ、それらが本のどこで、どれくらい出現しているかを分類して定量化したあとは、無作為に選んだ結果を、どの本がベストセラーでどの本がそうでないかを事前に学んだ機械学習のアルゴリズムに投入する。」(72ページ)
 こうしてこの「モデル」は、「ベストセラー」本にどういう「トピック」が多いかを明らかにし、「適切なトピックを適切な割合で織りこむことをもっともよく理解している」作家としてジョン・グリシャムとダニエル・スティールの名前を挙げています。この二人に共通の条件は次の四つ。
○それぞれの作家に特有のひとつのトピックで小説全体の3分の1をつくっている。売れる作家はもっとも大切な30パーセントにひとつかふたつのトピックしか入れていない
○「家庭での時間」「家族の時間」と「病院、医療」「事故」「医師」等といった異質なトピックが上位にある。2番目以降のトピックは現状を脅かすような衝突を示すものがいい(「家族の時間」の後に「病院、医療」「看護師」「医師」「救急車」などのトピックが続くような小説は読者を引きつける可能性が高い)。
○リアリズムが必要
○トピックは大衆のなかにあるものにすべし
 どうでしょうか。引き込まれて仕方がない面白い小説はこのような条件にかなっているのではないでしょうか。こうした分析は、ひたすら読んで読みの面白さを味わうことのできる本や文章を選ぶ目安にもなりそうです。私自身の経験から言えば、長編の場合、全体の80~100ページほど読んでこの四つのことに当てはまらない小説は、それ以上読み進めてもちょっと・・・ということが多いようです(「ベストセラー」ばかりを読んでいるわけではありません)。
 次のような言葉も重要です。「ボディ・コード」と題された部分に書かれています。
「読者は心が、本能が、身体が反応したと口をそろえて言っているからだ。読書は頭で楽しむものとは限らない。心で、感情で、身体で、そして存在を信じている人にとっては魂で楽しむものなのだ。問題は、長いあいだ、こうした楽しみかたが恥ずかしいものだと思われてきたことだ。」(116-117ページ)
 時間を忘れて読みふけった経験があれば、よくわかる言葉でしょう。読みふける・読み浸る・ひたすら読むという経験は「ボディ・コード」で反応しているのです。「ベストセラー」と呼ばれるものほどそういう読者反応を引き出すというのが著者たちの主張です。
 もう一つ面白いのは122ページから147ページにかけて、小説のなかのポジティブな感情をあらわす言葉とネガティブな感情をあらわす言葉に注目しながら、コンピューターに小説本文を分析させてみると、幾通りかの「カーブ」をグラフとして描くことができている点です。「ベストセラー」の基本的なプロットを七つ描き出しています。「喜劇」「悲劇」「成長物語」「再生のプロット」「旅と帰還」「探究」「モンスター退治」の七つです(プロットの視覚的イメージとくわしい説明については、ぜひこの本を読んでください)。そして「ベストセラー」に共通して、グラフの「カーブ」の描き出す山と谷の「間隔」がほぼ同じで、「均整のとれた対称性」があると著者たちは言っています。「大ヒットする小説には規則的で力強い律動がある」(147ページ)とも。
 人の心を引きつける面白い授業やプレゼンテーションにもあてはまりそうなことです。「ベストセラー・コード」は、一見、売れる小説を書く手引きになるばかりか、実は受け手に働きかける効果的な作品を作り上げる秘訣のようなものなのです。興味深いのは、こうした研究を進めた著者たちが「世の中にはごく少数の物語しかなくて、それがときに大胆な演出を加えられながら何度も繰り返し語られている、という昔から言われていることの方が真実なのではないかと思うようになった」(328ページ)と言っていることです。これは、松岡正剛さんの「物語マザー」(『知の編集工学』、朝日新聞社、1996年、243ページ)の提案と共通しています。
 著者たちが「ベストセラー・コード」を探り出す手続きは、言語作品を理解する手がかりにもなります。本当にそうなのかを、著者たちがあげている小説を読んで確かめてみたくもなります。私もさっそく、スウェーデンの作家ラーセンの『ミレニアム1(上)』(ハヤカワ文庫)で実践をはじめたのですが、分析するどころかプロットに引きずりこまれ、いつしか「規則的で力強い律動」の心地よさに流され、確実に寝不足になりつつあります。

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